「越人歌」(メモ)

徐文堪「千古疑謎《越人歌》釈読簡紹」『上海書評』2011年5月8日、p.15


西漢の劉向の『説苑』に記録されている「越人歌」について。「越人歌」は最近では馮小剛の映画『夜宴』の中で使用された。『説苑』巻十一「善説」に収録されている「越人歌」は春秋時代に或る越族の船夫が楚国の王子に歌ったとされる歌。32種類の漢字を使って越語の歌詞が表記され、『楚辞』*1形式による「漢語意訳」が附されている。但し、漢訳というよりも「楚訳」というべきなのかも知れない。古代越語は既に「死語」となり、「越人歌」は意味不明な「千古疑謎」となった。「越人歌」の読解は先ず1950年代に日本の泉井久之助によって開始された。泉井の読解は古代越語と南島語族との共通性の仮定に基づいていた*2。徐氏は幾つかの「越人歌」読解の試みを紹介している;


韋慶穏「越人歌與壮語的関係試探」《民族語文》編輯部編『民族語文論集』中国社会科学出版社、1981
韋氏は壮族の学者。董同龢『上古音韻表稿』に基づき、(漢字の)「上古音」と「台語」*3を比較したもの。

鄭張尚芳*4”Decipherment of Yue-Ren-Ge(Song of the Yue boatman)” CLAO 22-2, 1991(中国語訳は南開大学中文系編『語言研究論叢』第七輯、語文出版社、1977)
これはタイ語を参照している。

周流渓「「越人歌」解読研究」『外語教学與研究』1993年第3期
呉安其「「越人歌」解読」『南開語言学刊』2008年第2期
これらは「侗台語」*5を参照している。


日本の泉井久之助が南島語族を参照しているのに対して、中国の学者は「壮語」などのタイ系の言語を参照している。米国のPaul K. Benedictは「侗台語」とのインドネシア語(マレー語?)との対応関係を指摘している。さらに、仏蘭西言語学者Laurent Sagart*6は南島語族とシナ・チベット語族を一纏めにしたSino-Tibetan-Austronesianという大語族を提案している。

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ところで、このテクストでは泉井久之助と(あの『広辞苑』の)新村出が同一人物であるかのような記述あり。勿論、それは間違いで、新村出泉井久之助の指導教授に当たるというのが正確だろう。泉井は、言語学者というよりも希臘・羅馬の古典の翻訳者としてお世話になったという人も多いのでは? 例えばキケロの『義務について』の。
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*1:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060211/1139681586 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060829/1156854296 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100113/1263357673

*2:ポリネシア人の華南・台湾起源説については、儲静偉「尋根団駕独木舟跨洋来参博」(『東方早報』2010年6月1日)、またhttp://www.hawaiianencyclopedia.com/dna-research-on-polynesian-ori.aspを参照のこと。Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100603/1275576232

*3:「壮語」の方言とされるが、ヴェトナムの少数民族に(壮族に近い)台族あり。

*4:http://blog.sina.com.cn/zzsf

*5:侗族は壮族に近い民族とされる。

*6:http://crlao.ehess.fr/document.php?id=213