蒋介石の日記

石剣峰「”両蒋日記”引発蒋家後人内訌」『東方早報』2010年12月2日


1975年の蒋介石の死後、蒋介石の日記は息子の蒋経国が保管していたが、1988年に自らが死ぬ直前に、父親の日記と自分の日記を三男の蒋孝勇に託していた。蒋孝勇は1996年に死去。その後、どちらも蒋孝勇の夫人である蒋方智怡が受け継いだが、2005年1月10日に、彼女は「蒋家代表」として米国スタンフォード大学のフーヴァー研究所と契約し、その後、蒋介石蒋経国の日記はフーヴァー研究所が保管することとなり、2006年からは一般の閲覧も可能になった(但し、コピー及び撮影は不可)。しかし、今年の11月30日に、蒋経国の長男の蒋孝文の娘(蒋介石の曾孫)で英国在住の蒋友梅が弁護士を通じて、蒋介石蒋経国の日記は遺産として「全体法定継承人共有」であり、2005年に蒋方智怡がフーヴァー研究所と結んだ契約は他の「法定継承人」の同意を経ておらず、他の「法定継承人」「的権益」を「侵害」するものであるという声明を出した。中央研究院は蒋介石の日記(『蒋中正日記』)の公刊計画を12月2日に開催された「蒋中正日記與民国史研究国際研討会」の席上で公表する予定だったが、蒋友梅の声明のために中止となった。また、「台湾天下文化」出版は蒋介石の日記を抜粋した『蒋公日記』を12月10日に刊行する筈だったが、蒋友梅の声明は出版社側に届いておらず、刊行を延期するかどうかはまだ未定であるという。