「エスニック料理」(メモ)

畑中三応子「拡大するファッションフード2 和洋中エスニック林立――多国籍化の時代」『スクリプタ』(紀伊國屋書店)17、2010、pp.28-38


先ず1980年代の東南亜細亜系の「エスニック料理」の興隆について。畑中さんは「地理的には近いが、文化的には遠かった[亜細亜の]エスニック料理の取り込みは、八〇年代的にいえば欧米中心であったファッションフードの「脱構築」だった」という(p.28)。
少しメモ;


エスニック料理台頭の理由のひとつは、八〇年代に入って東南アジア観光に出かける女性が急増し、現地でタイカレーやトムヤンクンのおいしさを知ったことだった。あるいは藤原新也の『全東洋街道』や沢木耕太郎の『深夜特急*1に感化され、アジアに旅立った多くの若者も、現地の安食堂で唐辛子の辛味に目覚めたことだろう。それまで東南アジア旅行といえば男性中心で、目的はもっぱらゴルフと買春だったので、食べ物には無関心だったのである。
大都市を中心にエスニック・レストランができはじめたのは、一九八三(昭和五八)年前後から。それまでの東京ではインド料理屋は数々あれど、インドネシアが三軒、タイ、ベトナム、フィリピンがそれぞれ一軒という寂しい状態だった。八五年の段階でタイ料理屋がやっと三軒、耳で聞くと「鯛料理」と間違える人のほうがまだまだ多かった。
ところがわずか数年で雨後の筍のように増えた。「ニョクナム、ナンプラがしょうゆワールドをやっつけた。東京には東南アジアがいっぱい」(『Hanako』一九八八年六月二三日号)、「もう、ただの流行なんかじゃない。エスニックも無国籍料理も、珍しさではなく質で選ばなきゃ」(『Hanako』一九八九年一二月一四日号)といった状態で、一九八八(昭和六三)年から八九年にかけて早くもブームはピークを迎えた。最初はたんなるエキゾチシズムで手を出したとしても、ご飯とおかずという基本が共通しているから日本人の舌に合い、急速に普及したのである。(p.29)
畑中さんは言及していないが、背景のひとつとして、この時代における留学生(就学生)や外国人労働者の急増があるだろう。
ところで、畑中さんは狭義の「エスニック料理」について「おもに東南アジアのホット&スパイシーな料理を指すことが多い」といっている(p.28)。これはどうだろうか。たしかに80年代に東南亜細亜料理といってもタイ料理がずば抜けて目立っていたことは事実だけれど、東南亜細亜の料理でもヴェトナムやインドネシアは「ホット&スパイシー」ではない。また、畑中さんは次に「激辛ブーム」に言及しているのだが(p.30)、そこにはラテン・アメリカ系も関係している。
なお、1980年代の風俗としての「エスニック」については、粉川哲夫『国際化のゆらぎのなかで』*2も参照のこと。
国際化のゆらぎのなかで

国際化のゆらぎのなかで

1980年代の「激辛ブーム」。その端緒は、1984年の「カラムーチョ」(湖池屋、ポテト・チップス)、「オロチョン」(サンヨー食品、インスタント・ラーメン)、「辛口カレーパン」(木村屋總本店)の発売であるという(ibid.)。追随商品は、ポテト・チップス系では、「カラミーゴ」(ヤマザキナビスコ)、「堪忍袋トウガラシ味」、「南蛮街」(ヱスビー食品)。インスタント・ラーメン系では、「カラメンテ」(ベルフーズ)、「カライジャン」(エースコック)、「どん辛」(サンヨー食品)。

辛味の主役である唐辛子は降ってわいた激辛食品の攻勢で需要が高まり、一九八四年には二三〇〇トンだった輸入量が翌年には倍増。日本人は突然、辛いもの好きの民族になってしまったのである。これは日本人の味覚史上、画期的な出来事だった。
激辛は大人だけではなく、低年齢層のあいだにも浸透した。小中学生が激辛スナックでガマン大会をしたり、高校生のあいだで水を飲まずに激辛ラーメンを食べるのが流行したりと、マゾヒスティックな遊びの道具に使われた節もある。
刺激的な味はストレス解消に役立つことから、辛味志向は社会的不安の時代に顕著な現象だという説もあるが*3、大人も子どもも唐辛子の快感に酔った激辛ブームから見えてくるのは、バブルに突き進んでいく好景気下の、ストレスとは無縁で元気だった日本である。(ibid.)
東南亜細亜料理の話に戻るが、東南亜細亜料理と戦争との関係はどうなっているのだろうか。兵隊としてフィリピンやインドネシア(当時は蘭印)に行って、現地の味を覚えて、復員後それを商売にしたというようなことはほとんどなかったということになる。宇都宮を初めとして、戦後日本における餃子の普及に満洲からの引揚者が大きく関わっていたというのとは対照的。これは男性の単身赴任と家族ぐるみの移民の違いということか*4

*1:本は読んでいないが、大沢たかお主演のドラマは視ている。

劇的紀行 深夜特急 [DVD]

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*2:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080424/1209010822

*3:誰の?

*4:近代日本における戦争と料理との関係については、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061128/1164736520も参照のこと。