Harvard/Berkeleyそのほか(メモ)

北島「青燈」(in 北島『青燈』*1、pp.15-22)


この文章は、著者が参加した、バークレーでの、2006年に亡くなった米国の中国学者Frederic Wakeman(魏斐徳)*2の追悼会の模様を叙述したもの。
少し抜書き;


魏斐徳離開巴黎後、本応順理成章回哈佛*3跟費正清*4搞中国研究、但他却選択了伯克利*5教書的費正清学生烈文森(Joseph Levenson)做導師。這無疑和魏斐徳的生活閲歴、文学気質和反叛精神有関。哈佛地処新英格蘭*6的中心、代表美国学術的正統與主流;而伯克利地処種族多元化的亜太圏、是美国左派的大本営、六十年代学生造反運動的発源地。
按魏斐徳的博士生葉斌的説法、魏斐徳継承了烈文森有関世界主義(cosmopolitanism)的見解、即認為未来的世界歴史応該是民族文化身份和普世価値的和諧共存、是地方主義(provincialism)與世界主義的和諧共存。不幸的是、在尚未充分展開其相関思想時烈文森突然辞世。作為他的学生和同事、魏斐徳進一歩闡釈併発展了這一史学観。(p.17)
Joseph Levensonのプロフィールについては、


Henry F. May H. Franz Schurmann Frederic Wakeman “Joseph Richmond Levenson, History: Berkeley” http://content.cdlib.org/xtf/view?docId=hb629006wb&doc.view=frames&chunk.id=div00025&toc.depth=1&toc.id=
また、http://www.idih.org/wiki/Joseph_Richmond_Levenson


さて、魏斐徳は最初蘇聯研究を専攻していたが、1950年代末には、その露西亜語力ゆえにCIAからスカウトされたことがあるという。また、カーター政権時代に中国駐在の米国大使になりかけたこともある(p.19)。