漢字の読みから

http://d.hatena.ne.jp/gurugurian/20080613から、呉智英の言説を孫引きする;


姓について、もうひとつ言っておかなければならない。かつては認められにくかった民族名(金、朴、李などの)が、今では認められるようになっている。それはいいのだが、これを朝鮮音で読むように強制することには反対しないわけにはいかない。日本人が朝鮮語の勉強を強制される理由はないからだ。辛淑玉<ルビ・しんしゅくぎょく>という人材育成コンサルタント(理解に苦しむ職業だが)がいる。彼女は自分の名前を「しん・すご」と読ませているが、こんな無理な話に付き合わされてはかなわない。作家の柳美里<ルビ・りゅう・みり>など「ゆう・みり」と読ませているが、そもそもこれは朝鮮語読みでさえない。日本人の音韻体系にない音を強制する理不尽に唯々諾々と従うことは、日本文化に意味のない亀裂を生じさせるだけなのである。
これを引用したgurugurianさんは、「先生は、「餃子」「炒飯」「麻雀」「達磨」などはどう読むのだろう」と問い、

そもそも、「辛淑玉」さんが自分の名前を「しん・すご」と読んで欲しいと要求することが「強制」「朝鮮語の勉強を強制」することなのか?という問題があります。「辛淑玉<シン・スゴ>」という表記を見て、「朝鮮語の勉強を強制されている!」と感じるというのはどうなんでしょう。


もうひとつ、「たかだか朝鮮語の名前の読み方を受け入れただけで『亀裂が生じる』ほど、『日本人の音韻体系』とやらはヤワなのか?」ということ。

日本語における漢字と読み方の関係の話をし始めると話が長くなってしまいますが、この二つの関係は案外ルーズというか良い加減で、しかしそのルーズさが「日本語の豊かさ」をももたらしたのだと思っているので、呉氏のような発想は、原理原則にとらわれすぎて日本語(に限らず、言語全般)の柔軟性を無視しているように感じられます。

という。今引用した部分には全面的に賛成するといっておこう。
とはいっても、呉智英は日本のマジョリティの感覚と近いのかもしれない。「日本人の音韻体系」にはtiやdiというのは元々なかった。だから、radioはラジオと今でも表記されているわけだし、俳優のSteve McQueenは昔の新聞とかでは、スティーヴ・マックィーンではなく、スチーブ・マックイーンと表記されていた。また、「日本人の音韻体系」にはvという子音もない。私は原音がvの片仮名語はヴと表記している*1ベトナムではなくヴェトナム、ボランティアではなくヴォランティア。しかし、これは日本においてメジャーな表記法ではないだろう。
さて、陳天璽『無国籍』(新潮社)*2から少し抜き書きしてみる。先ず、彼女が「日本国籍」を取得して、区役所に行って「戸籍」を作るところ;

氏名のところには、「(よみかた)」と括弧付で書かれていた。一度、「ちん」と書き始めたのだが、思い直して、どうしようかと少し考えた。すると、私の様子を見て、職員は言った。
「そこはなんでもいいですよ。ただ読み方で便宜的なものですから。戸籍には名前のふりがなは入りませんので」
「そうですか、じゃあ、中国語の読みでもいいですか?」
「いいですよ」
「じゃあ、そうしよ」
私は陳天璽の読み方を「チェン ティエン シー」と中国語読みに合わせた。どこに行っても、名前が一致しないと困ると思ったからだ。とくにアメリカに行ってから、アルファベットで表記されることがあるので、発音のほうも統一しておいたほうがよいと思っていた。ニュースでも、金大中を「きん・だい・ちゅう」としていたのを、「キム・デ・ジュン」とするようになってきているのは当然だと思っていた。今回はいいチャンスだと思って、書籍にはそう記入することにした。(p.212)
パスポート申請の場面;

必要書類を持って、パスポートセンターに急いだ。パスポートセンターの入口には、「パスポート(旅券)申請案内」があり、それにそって、申請書を作成し、提出した。
「お名前のローマ字表記ですが、これはちょっとできないですね」
「えー、でも、それは困ります」
ヘボン式ローマ字が基本となっているので、CHEN TIEN-SHIにはできませんね」
「そんなこといわれても、これが私の名前なのですから」
ローマ字表記を変えてしまうと、アメリカなどこれまで欧米圏でもらった各種の証書、自分が出した論文と、これからの自分がちぐはぐになってしまう。それは避けたかった。
「でも、ヘボン式には、『CHE』とか『TIE』というつづりはないんですよ」
「そんなこといっても、現に日本語に『ちぇ』という発音があるじゃないですか。それにヘボン式か何か知りませんが、これが私の名前ですから」
私はゆずるつもりはなかった。担当してくれた中年の女性は対応に困り、奧に行って上司に相談した。しばらくすると上司は頭をかきながら言った。
「戸籍のお名前は陳天璽ですよね。ふりがななのですが……」
私はすかさず、帰化届のコピーを見せ、戸籍を作成する際に記入したふりがなが、パスポート申請書と同じチェン ティエン シーであるのを見せた。
帰化されておられるのですね。でしたら、以前使っていたパスポートをお見せください」
「もう、パスポートは法務局が保管するといって、私の手元にはありません」
「では、そのコピーをもらってきてください。それをもとに非ヘボン式でローマ字のお名前をパスポートにできるか、本省のほうに申請してみますので」
私は後日、帰化申請をした法務局に連絡をし、事情を話してパスポートのコピーを送ってもらった。それにしても、帰化の際に、漢字の名前を変更する必要がなかったので、私の名前の問題はクリアしたものと思い、すっかり安心しきっていた。こんなところで、また、てこずるとは考えてもいなかった。
(後略)(pp.216-217)*3
この本は、

私は何人か――。
「無国籍」と書かれている身分証明書。中華人民共和国中華民国という分裂した二つの「中国」という祖国。そして生まれ育った日本。私は国々のはざまにいて、なかなかこの問いに答えられないでいた。苦しい日々を過ごしたアメリカも、私にとっては自己形成というプロセスにおいてはかけがいのない存在である。
人は本来、いろんな場所に愛着を持ち、いろいろな人によって支えられて生きて行く。だからアイデンティティも一元的なものではありえない。
(略)
人はしばしば、育った場所に愛着を持ち、愛する家族、そして愛する人を支えに生きるものである。国籍を持つ人も、無国籍の人も、みな変わらず同じだ。(pp.248-249)
と要約することができるのだろう。それにしても、この本の最後はうるうるするほど感動的だ;

海の景色、港に吹く風。私のなかで横浜は、水色のさわやかなイメージがある。そんな横浜に帰ると、私は一番ほっとする。特に、中華街に近づくと、私は足早になってしまう。目に飛び込んでくる金色や真紅の看板や漢字。日本という社会の中で、中国的色彩が色濃くにじみ出ている空間。日本人と中国人が共存するところ。わたしが幼いころはコリアンの子も多かった。そんな風に、いろいろな文化や民族、そして国籍が入り混じっている空間。そこにはさまざまな歴史と人間模様が錯綜してきた。
中華街を通り抜け、私にとっては「家」である実家の中華料理店に一歩足を踏み入れると、いつも母や姉をはじめとする家族の温かい笑顔が出迎えてくれる。
「お帰りー。何食べる?」
時間に関係なく、いつもそんな調子。何よりも、食べることを大切にしている家族たち。大きな円卓いっぱいに並べられた料理をみんなで囲み、家族揃って食べていると、いつの間にか、自分の脳裏を占拠していたいろいろな悩みが、どうでもいいちっぽけなことのように思えてくる。
私は何人か――。
その答えは、まだ探し続けている。
だけど、見つかったこともある。
私は、中華街で生まれたララ*4
国籍も国境も関係ない。
無国籍でも、日本国籍になっても、私は私、「ララ」。
私を育んでくれた家族、優しい友人たち、愛するひと……、様々な人々に囲まれて私はひとりの女性「ララ」として歩んでゆく。(pp.250-251)
無国籍

無国籍


ところで、


朝鮮語読みに反対しているわけではありません。
例えば上の例のうち「餃子」については「言葉の常備薬」の50pで「ギョーザ」という読み方の起源は
朝鮮語読みの「キョジャ」ではないかと推測した上で、当然のように「餃子」を「ギョーザ」と読んでいます。
http://d.hatena.ne.jp/gurugurian/20080613#c1214296920
私が聞いたところでは、餃子をギョーザと読むのは漢語の山東方言に由来する。餃(jiao)は山東ではギャオになり、それがさらにギョーになったと。日本人が多くいた旧満州(関東)に住む漢族の多くはそもそも山東省からの移民だった。

*1:悩ましいのは、例えばValenciaで、西班牙の地名としてはバレンシア、柑橘類としてはヴァレンシアと表記すべきだということになる。

*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060328/1143512113

*3:結局、CHEN TIEN-SHIという表記は認められた(p.219)。

*4:ララは洗礼名。