大庭みな子

『毎日』の記事なり;


<訃報>大庭みな子さん76歳=作家

5月24日14時25分配信 毎日新聞

 「三匹の蟹」や「寂兮寥兮(かたちもなく)」など生と性の深みを前衛的な手法で描いた小説家の大庭みな子(本名・美奈子=みなこ)さんが24日、腎不全のため死去した。76歳。葬儀は近親者のみで行う。自宅は非公表。喪主は夫利雄(としお)さん。
 東京都出身。終戦の年に救護隊の一員として被爆地・広島の惨状を目撃した。津田塾大卒後、夫の勤務に伴い1959年から11年間、米国アラスカに滞在した。68年、米国を舞台にした「三匹の蟹」で群像新人文学賞芥川賞を受賞。異国で過ごす日本人女性の孤独を硬質な文体で描き、ベストセラーになった。「虹と浮橋」「ふなくい虫」「浦島草」などの秀作を経て、老子の思想に触発され、3世代が織りなす人間模様を描いた「寂兮寥兮」(82年)で谷崎潤一郎賞を受けた。
 86年に「啼(な)く鳥の」で野間文芸賞、89年に「海にゆらぐ糸」で川端康成文学賞を受け、96年には「赤い満月」で同賞を再受賞するなど活躍。河野多恵子さんらと共に、現代日本を代表する女性作家として最前線で活躍した。2人は87年、女性として初めて芥川賞選考委員に就任。大庭さんは97年まで務めた。
 96年に脳梗塞(こうそく)で倒れ、左半身不随で車いす生活になった。02年には夫との二人三脚の日々や若い日の追憶を詠んだ短歌を集めた「浦安うた日記」(紫式部文学賞)を刊行して話題を呼んだ。最近は病床で詩を書くなど、自宅で療養を続けていた。
 ▽作家、黒井千次さんの話 大庭さんの作品には重量感があり、常に戦闘的精神をもっておられた。適当な言葉でごまかすということをせず、常にはっきりと自分の意見を言う方でした。その文学的影響力は大きく、今日の女性の書き手の活躍にとって先駆的な存在だったといえましょう。病床でも詩や短歌を作り、最期まで表現を手放さない人でした。


最終更新:5月24日19時13分
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