王小波「花刺子模信使問題」(in『思想者説 王小波 李銀河双人集』*1)の冒頭に曰く、
先ず「花刺子模」という「中亜古国」は現在のウズベキスタンからトルクメニスタンにかけての土地を中心としていた「ホラズム」*3のこと。後に成吉思汗に滅ぼされることになるのだが、それはともかくとして、「花刺子模」の「風俗」によれば、国王に「よい情報(好消息)」をもたらした者は昇進の機会を得て、逆に「悪い情報(壊消息)」をもたらした者は虎の餌にされてしまう。王小波はこの話の真偽は重要ではなくて、「這個故事所具有的説明意義」が「重要」なのだという。さらに、彼によれば、「花刺子模信使」というのは「学者」という存在のメタファーである。曰く、
拠野史記載、中亜古国花刺子模有一古怪的風俗、凡是給君王帯来好消息的信使、就会得提昇、給君王帯来壊消息的人則会被送去〓*2老虎。於是将帥出征在外、凡麾下将士有功、就派他men給君王送好消息、以使他men得到提昇;有罪、則派去送壊消息(p.44)。
そして、「中国的近現代学者」の裡では、「做“好消息信使”的人」がとても多いという(ibid.)。逆の「壊消息信使」の例として先ず挙げられるのが人口学者の馬寅初*5である。人口抑制政策を提言したために、産めよ殖やせよ主義者だった毛沢東の逆鱗に触れ、1950年に北京大学学長から更迭され、名誉が回復されたのは死ぬ直前の1979年だった。1人追放したために中国人が数億人単位で増えてしまったといわれる所以である。さらに、王小波は自分の例を挙げる。彼は1989年から社会学的調査を開始し、中国に広泛な同性愛者と同性愛文化が存在することを発見した。その報告が掲載される筈だった社会学雑誌が発禁処分を受けてしまった(p.45)。彼もまた「壊消息信使」だったのである。但し、「値得慶幸的是、北京動物園的老虎当時不缺肉吃」(ibid.)。
首先、他*4針対研究対象、得出有関的結論、這時還不像信使;然後、把所得的結論報告給公衆、包括当権者、這時他就個信使;最後、他従別人的反応中体会到自己的結論是否受歓迎、這時候他就像個花刺子模的信使(ibid.)。
これに対しては、次のような「道理」を説くことができる。「不幸な事実」があれば「不幸な情報」がある。使いの者は情報を伝える媒体に過ぎないので「無辜」である。もし「不幸」がいやなら、直接「不幸な事実」を取り除こうとすればいいのであって、そうすれば「不幸な情報」も「減少」する。しかし、この「道理」には「君王には理解できない」「複雑性」がある;
王小波によれば、「君王」(現代でいえば「権力者(当権者)」であり大衆である)の「品性」を変えることはできない。「這種現実」に「適応」して、「受歓迎的信息」を得るためには3つの方法があるという――1)「従真実中索取、篩選」、2)「対現有的信息加以改造」、3)「憑空捏造」(p.46)。最初のが最も難しく最後のが最もコンヴィニエントであるが、最後のものは「学者」にとっては「一種自殺之道」である。
假如能和他講理、他就不是君王。君王総是対的、臣民総是不対。君王的品性不可更改、臣民就得適応這種現実(p.45)。
また、こうもいう;
多分、こちらの方が「中国」という文脈を離れても重要な問題なのだろう。ベタな「憑空捏造」というのは悪としてはベタすぎる。そんなの悪いに決まっているのだ。それよりも必死になって学問が社会(権力者や大衆)に如何に役に立つのかが呈示され、学者も役に立つと世間的に思われているものを求めて(研究対象ではなく)他の学者の表情を気にする。こちらの方がより今日的な問題であるとはいえよう*7。
在中国歴史上、毎一位学者都力求証明自己的学説有巨大経済効益、社会効益。孟子当年鼓吹自己的学説、提出了“仁者無敵”之説、有了軍事効益、和林彪的“精神原子弾”之説有異曲同工之妙。学術必須有効益、這就構成了lin一種花刺子模。学術可以有実在的効益、不過来得極慢、起碼没有嘴頭上編出来的効益快;何況対於君主来説、“効益”就是一些消息而已。最好的効益就是馬上能聴的好消息。因為這個原因、学者men承受着一種圧力、要和騙子競賽語驚四座、看着別人的〓*6色做学問、ni要甚麼我做麼(pp.46-47)。
ところで、王小波のこのエッセイへの言及をhttp://www.han-lab.gr.jp/~cham/cgi-bin/hr.cgi?sanghae/2004-05.htmlに発見した。
*1:Cf. http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060316/1142479391
*2:wei4. くちへん+畏。GB4625. ここでは餌をやるの意なり。
*3:Cf. http://encyclopedie-ja.snyke.com/articles/ホラズム・シャー朝.html http://www.honya.co.jp/contents/yamamori/chaguan/index.cgi?20020801
*4:「学者」を指す。
*5:Cf. http://japanese.cri.cn/304/2006/10/25/1@76717.htm
*6:lian3.GB3319. lian色で表情の意。
*7:Cf. eg. http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070128/1169989586