中国のことを「禹域」ともいう。
4月2日、つまり農暦3月初五は禹の誕生日。夏王朝の祖。晩年は東を巡歴し、紹興にて崩じ、紹興の会稽山に葬られる。白川静先生などによると、墨家特にこれを崇拝する。
4月3日の『東方早報』に、徐文〓*1「“北有黄帝陵、南有大禹陵”海内外華夏児女公祭大禹」という記事あり;


昨天[4月2日]的祭奠儀式始於9時50分、鳴銃9響、撃鼓34響、撞鐘13響、寓意“九五之尊” 大禹平洪水、定九州的不朽功績、表達華夏児女対先賢的追思之情。公祭大禹陵始於1995年、紹興欲通過公祭活動打響“北有黄帝陵、南有大禹陵”品牌、形成毎年一祭的慣例、併将其昇格為国家級祭祀活動。
なんか〈出来立ての伝統〉という感じで、文化ナショナリズム地域興しと商業主義の臭いがぷんぷんしますけれど、さらに同日新しくできた「禹陵村」の「開村式」も行われたという。古より禹の直系の子孫である「〓*2」氏の人々が禹の陵墓を守ってきたが、観光客は「在前来祭祀大禹同時的、也可体験禹裔為大禹守陵的祭祀文化和伝統生活」だそうだ。記事はいかにも原始人というファッションの長髪&裸足の若い男たちが「貢物」を献じている写真を付している。
4月4日付『東方早報』の李万剛「三皇五帝祭不応伝播蒙昧化歴史観」というテクストはこうした風潮に対する批判。これに先立って、3月31日に河南省新鄭にて、「中華民族始祖」の「黄帝拝祖大典」が挙行されたという。
李氏は何故か『東方早報』ではなくて『新京報』の記事を引いているが、それによると、「大禹公祭」は「以中国最伝統、最隆重的方式進行」だったと。
李氏は顧頡剛に拠りながら、「所謂三皇五帝」は「神話中或者伝説中人物」、或いは「後人根拠対先民的伝説和崇拝塑造挙行出来的」であると先ずいう。曰く、

動輒以“最伝統、最隆重”儀式、祭祀的却很可能是虚構人物、併有意無意地把這些神話伝説中形象、当作信史和歴史人物向公衆伝播。這種以三皇五帝等神話伝説中人物作為盛大公衆祭祀対象、不僅有碍中国信史的普及和青少年歴史教育、更是在伝播非理性、蒙昧化的歴史思惟。
李氏は「三皇五帝を祀ってはいけないということではない」という。但し、

凡祭祀是最需要真実情感投入的、否則就是〓*3有介事的表演。把虚構的神話形象当作真実人物祭祀、無疑有損清明節文化的厳粛性。
また、伝統の発明と商業主義の結託については、

這種似対歴史與伝統的“回帰”、其実是当今“文化搭台、経済唱戯”的需求所致、祭祀那些存在都成問題的神話、伝説中的人物、在王朝時代是政治法嗣、道徳統合歴史的鏡子、今天、他〓*4則是文化経済開発史的注脚。両者伝播的歴史態度與歴史観相同、都是非理性的甚至蒙昧化的。
と述べている。

*1:zhao1. かねへん+りっとう。GB7840.

*2:si4.おんなへん+以。GB7006.

*3:sha4. GB4123.

*4:にんべん+門