「朝食」と「性」或いは「モラル」

http://d.hatena.ne.jp/kmizusawa/20060331/p1経由で、「朝食食べない子 性モラル低い? 県教委調査結果(群馬)」*1という『読売』の記事を読む。まあ、この記事の要諦は、世の親に対して、てめえんちのガキをしっかり監視しとかんかいと呼びかけているということでしょうか。例えば、「家族との会話が多いほど性行為に対する敷居を高く感じていることも分かり」とも言っているし。kmizusawaさんは「朝食と性モラルを結び付けてる時点ですでに意味不明だ」と書いているけれど、ともかく「朝食」とは直接関係ないでしょう。それよりもこの記事で使用されている「性モラル」という言葉それ自体がよくわからない。小学生が「成人雑誌やアダルトビデオ」を見ると、「モラル」が低くて、見ないと高いわけですか。また、


 「どの位の年齢で性行為をして良いか」との問いでは、朝食摂取率が低いほど低年齢での性行為を認める傾向にあり、「ほとんど食べない」と回答した中学生の42・5%が「中学、高校時代」と回答した。
とあるけれども、第2次性徴期を迎えて、(実際の可能性はともかくとして)やりたい、やりたいと妄想するのは当たり前ではないかとも思う。もしかして、そこに〈道徳〉ということを差し込むことによって、すなわちそこに背徳性を導入することによって、青春をよりディープなものにしようという文学的配慮なのか。
ところで、kmizusawaさんのところのコメントで、「覚悟」という人が

自らの意思で朝食を食べていない子供だけではなく、
親の怠慢で朝食を作ってくれなかったり、
惣菜ばかりを食べさせられる子供達が増えている
という内容の特番を見たことがあります。
母親は朝早くおきるのがメンドイから朝食を作らない。
子供は自分で勝手に起きて朝食抜きで学校に登校。
母親は朝10時とかに起きて、自分のためだけに遅い朝食を作る。
こういう家庭が目立つようになってきているそうです。
朝食という点だけを切り抜いて云々とは言い難いですが、
一つの側面であるとも考えられると思います。
と書いているのだが、それを読んで思ったのは、「朝食」なんてそんな大したものかよということ。だって、旅館の朝食ではないのだから、「朝食」なんて珈琲とパンでしょ。食パンをトースターにぶち込んでチンするだけだし、珈琲にしても、珈琲メーカーをセットするだけ。別に「怠慢」とかは関係ないと思う。何しろ、そんなものは子どもにだってできるわけだから。
これに限らず、家庭料理というものが批評されるとき、特殊な時代の特殊な階層の習慣が過度に一般化されすぎているように感じることはある。専業主婦が家族に配慮して(「惣菜」を買うのではなく)手作りの食事を作るというのは、近代の新中間層の習慣にすぎないのではないかとも思う。昔は、ご飯だけは自分のところで炊いて、おかずは近くの惣菜屋から買ってくるというのは、もっとありふれていたような気がする。東京近辺の場合、美味しい惣菜屋があるのは下町の古い商店街だろうし。それから、喫茶店のモーニング・セット(珈琲+トースト+サラダ+玉子)がいつ頃、日本のどの地域で始まったものなのかは知らない。勝手に関西起源じゃないかと思っているのだが、これだって、朝忙しい商人が家で食べる閑がないので、仕事が一段落ついたときに近所で食べるというのがそもそもじゃないんですか。