著者であること/GSR

 内田樹氏は、


だいたい私のところに印税の支払いがくるテクストについていえば、その過半を私は書いた覚えがない。
たぶん私が書いたのであろうことは、文体や行間ににじむ非道な思考から伺いしれるのであるが、実のところよく覚えていないのである。
自分がした覚えのない仕事、「今書け」といわれても二度と書けないようなものについて対価を受け取っているわけである。
なんだか「すまない」という気がする。
まして、私の一文が入試問題に用いられ、さらにそれが過去問集や予備校テキストに二次利用されて、数千円から数万円の印税を受け取るときには、「里子に出した顔も忘れた娘が苦界に身を落として実の父に仕送りをしている血のにじむような金」を収奪しているような気分になるのである。
「すまない」
とその金で買ったワインを啜りながら、「父」はつぶやくのである。
いつまでも苦労させて。
オレのことはもう忘れてくれて、おまえにはおまえの幸せを探してほしい。
しかし、私がいくらそうつぶやいても「娘」は仕送りを止めない。
しかたがないので、「父」はこりこりと原稿を書いて、まだ見ぬ未来の「私」あてに仕送りを「転送」することになる。
私のところで費消し尽くしてはなんだか申し訳が立たない気がするからである。
「コピーライト」というのは、そういう「時間差」感覚をともなうものではないかと私は思う。
ほんらいなら印税を受け取るべき「過去の私」から「現在の私」が「収奪」していることの「やましさ」が私に次なるテクストの生成を動機づけている。
それは「済んだ仕事」に対する対価ではない。
なぜなら受け取るべき「私」はもう過去の人であり、「今の私」にはそれを受け取る正当な権利があるようにはどうしても思えないからである。
私はその「やましさ」を、さらにテクストを書き、それを未来の私に転送することによってトレードオフしようとする。
と書いている。なるほど、と思った。
 ここでは、これを刺戟として、〈著者であること(authorship)〉についてつらつらと考えてみたい。
 私は、〈印税をいただく〉ということは、「やましさ」など抜きにして、素直にうれしいのだけど、〈著者であること(authorship)〉とお金のこととは、取り敢えず切り離して考えるべきだと思う。多くの学者にとって主要な発表の場所である紀要とか学術雑誌というのは、印税とか原稿料とは無縁の世界である。それだけではない。〈著者であること(authorship)〉 の意味は、先ず〈責任=応答可能性(responsibility)〉に関わるものだろう。内田さんはテクストを「里子に出した顔も忘れた娘」に喩えている。この比喩を前提とするなら、〈著者であること(authorship)〉は先ず〈認知〉に関わる。或いは、「娘」が惹起する様々な反応(苦情もあれば賞賛もあるだろう)が集約される場所として、〈著者〉が召喚されることになる。つまり、〈著者〉というのは、〈責任者出せ!〉への応答可能性としてあるといえる。
 〈著者であること(authorship)〉は自分が実際に書いたかどうかということとは必ずしも関係しない。要は〈認知する〉ということなのである。自分の子どもを認知しない〈父親〉もいるだろうし、養子縁組という仕方で親権が帰属される場合もある。
 世の中には、数多の署名された文書が出回っている。その中の多くについて、署名した本人(つまり著者)が実際に書いたものではないということを私たちは自明なこととして了解している。例えば、〈タレント〉の著書の多くは実際には〈ゴースト・ライター〉によって書かれたものだろうし、(国を問わず)政治家の演説は実際には官僚の作文だったり、プロのスピーチ・ライターによって書かれたものだろう。また、ビジネスにおいては、〈長〉という肩書きのついた人名義で膨大な文書が日々発信されている。これらも〈長〉が自ら書いたのではなく、実際には部下が書いたものだ。これら実際には書いていない著者たちの存在意義は、先ず何よりも様々な〈責任者出せ!〉の宛先ということである。印税もそうした〈責任者出せ!〉のひとつの在り方にほかならない。



 現代社会理論研究会大会のプログラムが届いたので、ご紹介することにする;


日時:7月16日(土) 13:00〜18:00
会場:武蔵大学 教授研究棟2階02−E会議室

(1)大会

報告者および報告題目

今井隆太(名古屋大学大学院)
 新明正道の形式社会学批判―日本社会学史研究と現代性の追求―

古谷公彦((財)政治経済研究所 大島社会・文化研究所)
 「心理学主義」と社会学

徳久美生子(名古屋大学大学院)
 G. H. ミードの「マインド」論―社会生成論としての再構成―

郭基煥(愛知大学非常勤講師)
 苦痛の越境の可能性―レヴィナスイリヤ概念を中心に―

(2)総会
(3)懇親会