『姜尚中にきいてみた!』/「最有害図書」10選

 6月3日は妻が帰国。夫婦再会。
 『アリエス』編集部編『姜尚中にきいてみた!』(講談社文庫)を読了する。
『アリエス』という雑誌(買ったことはないが)の編集長である横山建城氏による姜尚中氏へのインタヴューと往復書簡を組み合わせたもの。
 この種の本の常として、論点は錯綜し、その1つ1つが深められるということはないのだけれど、そのこと自体に文句を言っても仕方あるまい。
 第1部のインタヴューは「「戦後民主主義」の位牌を胸に」と題されている。


戦後民主主義というのは、かなりハードな近代を想定して、そのなかで主体的なエートスをもって禁欲的に、勤労に励み、生産力の主体として社会を支えていくというのがモデルになっている(p.50)
 〈戦後〉に対する違和感というのは、おおかた、〈68年〉にしても1980年代の〈ポストモダン〉にしても、この前提への違和感だったともいえるのではないか。その実、反抗したつもりではあっても、その前提を逆説的に強化してしまうということはそれぞれの時期にあったとは思うが。また、現在の状況、憲法問題にしても、違和感の源であった筈の〈戦後〉を擁護するために闘わなければならないというのは、皮肉であり、やばい事態であることはたしか。
 本に話を戻すと、姜氏によれば、「戦後民主主義の最大の問題点は基本的に一国主義的だったこと」。また、「アジア主義を切り捨てた」(p.52)。その「一国主義」は「日米二国間主義の裏返し」(p.55)。これは『論座』のインタヴューで小熊英二氏が語っている「ナショナリズム・スパイラル」とも重なってくる。「アジア主義」について、姜氏は「意外に近代日本にはいろいろな可能性や惜しいものが、ずっしりと詰まっているんだ。しかしそれを全部お蔵入りにしたり、なかなか原石に磨きがかけられずにきた」(pp.56-57)とまでいう。これは「日韓機軸論」(p.77ff.)に通じるか。
 第2部は「「見えない38度線」をこえて」。ここでは、先ず2004年3月3日に韓国国会で可決された「日帝強制占領下の親日反民族行為の真相究明に関する特別法案」について語られる。姜氏によれば、それは「「親日」「反日」という問題の立て方それ自体が成り立たないという状況で」提出された法案(p.149)であり、「過去の「反日」のくり返しではない」(p.150)という*1
 また、小渕内閣の「二十一世紀日本の構想」というか小渕内閣の再評価。これはインタヴュアーの横山氏の提起である。

(前略)やはり小渕さんがお元気であったら、ある種のより明確なシナリオにもとづいて日本社会は動いていただろうと思うにいたりました(中略)対米関係を機軸として、そしてまた日本が東アジアのなかの大きなパワーとして君臨しつづけられるような絵ですね(p.236)。

(前略)ぼくはやっぱり、通信傍受法と外国人の指紋押捺義務全廃とが一日違いというところにものすごい意味を感じるわけなんですね。それに少子化の時代における男女共同参画、ナショナルアイデンティティとしての国旗や国歌とくれば、新しい日本のグランドデザインというようなものを、日本のエスタブリッシュメントは考えているのかもしれない(p.239)。
これに対して、姜氏は「二十一世紀日本の構想」に「膨大な量の外国人を長期的に日本に導入しようというアイデア」(pp.241-242)が盛り込まれていたことに注目し、それを踏まえて、

ぼくは、国旗・国歌法案を通した理由のひとつに、外側から膨大な数の外国人を入れる以上は、「日本はどんな国なの?」という疑問にこたえるかたちでの儀礼的なものをつくろうという考え方が政府のなかにあったのだろうと思います(pp.243-244)。
と述べる。問題なのは、小渕首相の急死後、「経済的な利害や、日本の経済的なインタレストを度外視したニューライト的なナショナリズムが九九年以降メディアを通じて日本のなかにグーッと出てき」た(p.246)ということなのだと。
 さて、横山氏は「サイレント・クレヴァーズ」というのを紹介している(p.114ff.)。原田武夫という元外交官が提唱した言葉らしく、出生コーホート的には1970年前後の生まれで、それだけではなく、

  1. 競争社会での生存能力
  2. グローバリゼーションへの適応
  3. 過去の成功談を理解できる能力
  4. プレ・ミドルの立場であること
  5. 経済的に「余裕」があること
  6. 日本にこだわりをもっていること
  7. 「情報力」を持つこと
  8. フリー・エイジェント志向であること



という条件を満たさなければならないらしい(pp.115-116)。
 自ら(とその仲間)を臆面もなく「クレヴァー」といってしまう下品さはここでは問わない。また、新自由主義的〈勝ち組〉の居直り的な自己主張であることも容易に看てとれるだろう。ごく大雑把にいえば、大学時代にバブルとその崩壊、天皇の交替、冷戦の終結を同時代的に経験した世代といえる。「クレヴァーズ」から排除された同年代の連中を含めて、この世代の言動や振る舞いは注目してゆく必要があるとはいえるだろう。




 「うに」さんが紹介されているのだが、アメリカの保守系雑誌Human Eventsによる"Ten Most Harmful Books of the 19th and 20th Centuries"。堂々と1位に輝いたのは、『共産党宣言』。以下、『わが闘争』、『毛沢東語録』、『キンゼー・リポート』、『民主主義と教育』(ジョン・デューイ)、『資本論』、ペティ・フリーダンのThe Feminine Mystique、『善悪の彼岸』(ニーチェ)、『雇用、利子および貨幣の一般理論』(ケインズ)が続いている。以下、11位から下には、


The Population Bomb
by Paul Ehrlich
Score: 22

What Is To Be Done
by V.I. Lenin
Score: 20

Authoritarian Personality
by Theodor Adorno
Score: 19

On Liberty
by John Stuart Mill
Score: 18

Beyond Freedom and Dignity
by B.F. Skinner
Score: 18

Reflections on Violence
by Georges Sorel
Score: 18

The Promise of American Life
by Herbert Croly
Score: 17

Origin of the Species
by Charles Darwin
Score: 17

Madness and Civilization
by Michel Foucault
Score: 12

Soviet Communism: A New Civilization
by Sidney and Beatrice Webb
Score: 12

Coming of Age in Samoa
by Margaret Mead
Score: 11

Unsafe at Any Speed
by Ralph Nader
Score: 11

Second Sex
by Simone de Beauvoir
Score: 10

Prison Notebooks
by Antonio Gramsci
Score: 10

Silent Spring
by Rachel Carson
Score: 9

Wretched of the Earth
by Frantz Fanon
Score: 9

Introduction to Psychoanalysis
by Sigmund Freud
Score: 9

The Greening of America
by Charles Reich
Score: 9

The Limits to Growth
by Club of Rome
Score: 4

Descent of Man
by Charles Darwin
Score: 2

という書物がランク・インしている。アメリカの保守派の趣味というのはこういうものなかということで興味深いといえるのだが、2位に『わが闘争』がランキングされていたり、コントやスキナーが顔を出していたりするということに、アメリ保守主義の〈健全さ〉は感じられる*2
 ところで、17位にランキングされているHerbert CrolyのThe Promise of American Lifeという本、無教養をさらけ出すようで恥ずかしいのだが、どういう本なのか、全く知らない。
 この30冊を選んだのは、" a panel of 15 conservative scholars and public policy leaders"ということなのだが、その顔ぶれについては、以下に備忘録的にメモしておく;

Arnold Beichman
Research Fellow
Hoover Institution


Prof. Brad Birzer
Hillsdale College


Harry Crocker
Vice President & Executive Editor
Regnery Publishing, Inc.


Prof. Marshall DeRosa
Florida Atlantic University


Dr. Don Devine
Second Vice Chairman
American Conservative Union


Prof. Robert George
Princeton University


Prof. Paul Gottfried
Elizabethtown College


Prof. William Anthony Hay
Mississippi State University


Herb London
President
Hudson Institute


Prof. Mark Malvasi
Randolph-Macon College


Douglas Minson
Associate Rector
The Witherspoon Fellowships


Prof. Mark Molesky
Seton Hall University


Prof. Stephen Presser
Northwestern University


Phyllis Schlafly
President
Eagle Forum


Fred Smith
President
Competitive Enterprise Institute

*1:これは「韓国の国内問題」[p.149]ということなのだが、その「国内問題」については、「それでも私はナショナリズムの実在よりは、東北アジア共同体の虚妄に賭けてみようと思うのです。」のp.279以降でもう少し詳しく言及されている

*2:特に『わが闘争』がワーストにランク・インしていなければ、第2次世界大戦を戦ったアメリカ国家の正統性そのものが危うくなるでしょう