Spreading

承前*1

南麻理江、関根和弘「コロンビアが負けてもゴミ拾いする姿に感動広がる。“日本発”サポーターの掃除がワールドカップを変えた」https://www.huffingtonpost.jp/2018/06/20/clean-up-seats-by-supporters_a_23464243/


また、


伊吹早織「「コロンビアは女性を尊重しています」 日本人サポーターを“侮辱した”動画に声をあげたのはコロンビア人たちだった」https://www.buzzfeed.com/jp/saoriibuki/colombia-japan03

あのとき

籏智広太*1「「沖縄慰霊の日を知ってほしい」 りゅうちぇるTwitterで呼びかけた理由」https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/ryuchell-okinawa



今日6/23は慰霊の日。昔どんなことが起きていたのか、そして今起き続けていること、大好きなふるさとのことを祈ろうね。東京に上京しても、ふるさとへの思いがあるなら、うーとーとーしようね。そして慰霊の日を知らない方、こういう発信の力で、どういう日かを知ってもらうだけで大きな一歩だと思う。


03:03 AM - 23 Jun 2018
https://twitter.com/RYUZi33WORLD929/status/1010357742500921344

というりゅうちぇる*2の呟きを引いている。
また、『朝日新聞』によるインタヴュー;


逸見那由子「りゅうちぇるさん「沖縄を熱心に考える一日」 慰霊の日」https://www.asahi.com/articles/ASL6C64PCL6CUBFE002.html


その中の、


今も米軍基地があるから、戦争を身近に感じます。宜野湾市にあった自宅前には普天間飛行場があり、ヘリコプターや飛行機が爆音を響かせて飛行するのは当たり前の光景でした。

 危険と隣り合わせだと感じたのは、2004年に米軍ヘリが沖縄国際大(同市)に墜落した時です。僕は当時小学校3年生。友だちと本屋を出て、タコライス屋に入ろうとした時でした。ヘリが上空で旋回するのを眺めていたら、急に止まって、垂直に落ちたのです。その光景は忘れられません。

あの事故のとき*3、「小学校3年生」で、しかもヘリコプターが「垂直に落ち」る瞬間を目撃していた!

*1:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170224/1487910099 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170226/1488077743 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170228/1488291005 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170303/1488508478 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170305/1488726602 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170306/1488817967 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170308/1488946981 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170309/1489024533 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170310/1489109908 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170406/1491451136 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170518/1495124746 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170602/1496371973 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170808/1502206282 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170828/1503891141 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170901/1504234324 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170915/1505482432 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171016/1508130214 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171029/1509242444 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171030/1509328817 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180216/1518745088 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180218/1518914252 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180312/1520820898 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180313/1520911677 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180314/1521040212 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180320/1521545409 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180322/1521735826 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180324/1521817988 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180327/1522079446 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180404/1522810591 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180408/1523167515 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180420/1524210748 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180425/1524625976 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180503/1525323385 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180507/1525660176 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180515/1526363020 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180522/1526962984 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180525/1527258646 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180526/1527347080 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180602/1527949714 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180612/1528778849 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180620/1529461445 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180621/1529548733

*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180215/1518654285 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180502/1525223623

*3:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070704/1183576600 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070710/1184082557

たしかに「クソフレーズ」

承前*1

Shino Tanaka「玉木宏さんと木南晴夏さんが結婚へ 「結婚で辞めるかと聞く報道がナンセンス」と事務所」https://www.huffingtonpost.jp/2018/06/20/tamaki-kinami-wedding_a_23464219/


曰く、


女性芸能人について結婚報道が出るたびに、女性に対し「芸能活動を続けるか」「妊娠しているか」などの内容が記事に載ることがある。

「妊娠しておらず、結婚後も女優を続ける」というお決まりのフレーズに対し、Twitter上では「この書き方って失礼この上ない」「女性はいちいち書かれて大変ね」「クソフレーズ」と話題に上がっていた。


玉木宏木南晴夏と結婚へ ドラマ「女の勲章」での共演を機に熱愛に発展 #ldnews https://t.co/q2g6YZBV6R

「木南は妊娠しておらず、結婚後も女優を続ける」
こういう書き方って失礼この上ないよね。必要ないっしょ?この一文。

玉木さんと木南さんは、おめでとうございます。

— FreekFunkElectronic (@freek_funk) 2018年6月21日
https://twitter.com/freek_funk/status/1009610893594800128


しかし女性はいちいち「木南は妊娠しておらず、結婚後も女優を続けるという」とか書かれて大変ね

— 四つ葉 (@miyu1205clover) 2018年6月20日
https://twitter.com/miyu1205clover/status/1009581417909477377


「妊娠はしていない。仕事は続けるという」っていうクソフレーズ、いつまで続けるんでしょうか?平成もそろそろ終わるんだけど!  玉木宏が女優・木南晴夏と電撃婚...交際2年、妊娠はまだ(スポーツ報知) - Yahoo!ニュース https://t.co/2YMUtDbSn8 @YahooNewsTopics

— harryk3 (@harryk3) 2018年6月20日
https://twitter.com/harryk3/status/1009524036773113856

木南さんの所属事務所ホリプロの担当者は、ハフポストの取材に対し、結婚報道については言及できないとした上で、今後の木南さんの活動についても「最近では、どの職業でも女性が結婚で仕事を辞める、という文化はなくなってきている。結婚報道が出たから、女優だから活動をどうするかと、報道が聞くことを含め周囲が考えること自体がナンセンス」と話していた。

「凄まじいエネルギー」

承前*1

カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈中〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈中〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫)

柳広司「未完のカーニバル――ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』」『図書』(岩波書店)832、2018、pp.36-40


メモ。


カーニバルの参加者たる『カラマーゾフの兄弟』の登場人物たちは揃いも揃って途方もないエネルギーの持ち主だ。彼らは良く食べ良く飲み(食事の場面がやたらと多い)、良く喋る。喋って喋って喋りまくる。バフチンのいう多声的とはさてはこのことだったのかと勘違いするほどだ。一人きりでも大人数でも、彼らは実によく喋る。喋った揚げ句、自分の言葉に興奮してヒステリーを起こす。神経性の熱病にかかる。男女を問わずにそうだ。なんというか、凄まじいエネルギーである。
ちなみに、私が自分で小説を書こうと思い立った際(四半世紀ほど前の話だが)、何が一番困ったかといえば登場人物たちが全く喋ってくれないことだった。小説家を志す者の多くは、最初は自分が面白いと思って読んできた小説に似せて書こうとする。画家を志す者が好きな絵を模写するようなものだ。ところが『カラマーゾフの兄弟』をイメージすると、自分が書いた小説の登場人物たちは全く喋らない。殊に日本が舞台では、まず絶望的にしゃべらない。神経性の熱病になど逆立ちしてもかからない。彼らのあまりの無口ぶりに苛立った私は、結局、古代ギリシアや十九世紀の欧州辺境を舞台に小説を書き始めることになるのだが、これはまあ余談である。(p.40)

ダーウィン/マッハ/ニーチェ(メモ)

木田元「哲学と文学 エルンスト・マッハをめぐって」(in 『木田元の最終講義 反哲学としての哲学』*1、pp.63-120)


抜書き。


力学的自然観を否定してマッハが描いてみせる感性的諸要素の織りなす現象の世界は、ニーチェが最後期(一八八五〜八八年頃)の「力への意志」の哲学で描こうとしていた遠近法的展望の世界とひどく似たところがあります。実はニーチェも、ダーウィンの『種の起源』や『人間の由来』を読み、強い衝撃を受けているのです。遺されている断片的な覚え書を見ると、なるほどダーウィニズムの環境決定論や機械論的な自然選択説には反撥していますが、進化思想そのものには強く共感し、それまでのショーペンハウアー流の生の概念、つまり生をまったくの無方向的な生命衝動と見るような考え方を放棄し、生とは「つねに現にあるよりもより強くより大きくなろうとする意欲」だと考えるようになり、それに〈力への意志〉という新しい呼び名を与えているのです。たしかにこの時代、ただ〈生〉と言えば、誰でもがショーペンハウアーの『意志と表象としての世界』[一八一九年]の〈意志〉、つまり無意識的で無方向な生命衝動を思い浮かべるものでした。ニーチェ自身も、若いときにこの本から深刻な影響を受け、処女作の『悲劇の誕生』[一八七二年]*2では、ショーペンハウアーのこの〈意志〉の概念を〈ディオニュソス的なもの〉という概念に承け継いだのですが、一八八〇年代半ばになってショーペンハウアーの影響を完全に脱却し、進化論の影響のもとに新たな〈生〉 の概念を獲得したので、これに新たな呼び名を与える必要があったのでしょう。この時代のニーチェにとって〈生〉とは、はっきりと方向をもって、より強くより大きく生成していこうとする〈力への意志〉だったのです。
そして、ニーチェ最後期のこの〈力への意志〉の哲学においては、〈世界〉とは、生成のそのつどの段階で相対的に持続しとどまっている生命体(つまり力への意志)のまわりに、それにとって意味をもつものだけがその側面の度合いに応じて遠近法的に配置されて現われてくる展望にほかなりません。そこでは、その現われの背後にあるとされるようないっさいの形而上学的〈背後世界〉は否定されます。ニーチェのこの〈遠近法的展望〉としての世界と、マッハの〈現象的世界〉とはほとんど重なり合うものです。(pp.89-90)
悲劇の誕生 (岩波文庫)

悲劇の誕生 (岩波文庫)

なお、「ニーチェもこの最後期に、ほんの数回ですが、〈現象学〉という言葉を使って」いる(p.90)。