「笛吹きと泥棒」

ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)

ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)

柴田元幸*1「笛吹きと泥棒――阿部謹也ハーメルンの笛吹き男――伝説とその世界』について」https://book.asahi.com/jinbun/article/12882527


(最近突如として再度売れ始めた*2阿部謹也ハーメルンの笛吹き男』*3について。


阿部氏の主著のひとつ『ハーメルンの笛吹き男』が1974年に刊行されたとき、僕は留年中の大学2年生で、すぐに買って読み、こんな面白い歴史の本があるのかと驚いた。約束どおり町の鼠を退治したのに、町が報酬を拒んだために、よそ者は笛を吹いて子供たちを山へ誘い出し、子供たちは二度と帰ってこなかった……という伝説と、13世紀にドイツの小さな町で実際に起きた集団児童失踪事件とをめぐって、膨大な資料のなかから事実と特定できる部分を丹念に抽出しつつも、いわゆる事実の確定を目的とするのではなく、捏造や改変や伝説化を促した当時の社会の力学・空気までも広い意味での「事実」として尊重し、そのすべてをまさに「歴史」として提示する。

 いま読み返してみても、まさに自分に「強く訴えるもの」に没入するその見方の広さ、発想のしなやかさに感銘を受けるし、とりわけ、社会秩序の周縁や外側に置かれた人々への共感によって、考察が無理なく豊かになっていることに賛嘆の念を覚える(この点については、ちくま文庫版に付された石牟礼道子の素晴らしい解説「泉のような明晰」に詳しい)。こういう本が長年読み継がれ、いまも版を重ねているというのはとても嬉しい話である。

 この立派な本を、すでに述べたように僕は大学2年のときに買った。平凡社から出た、装幀もたいそう素敵な本で、1800円。当時としては(少なくとも、学部生にとっては)かなり高価な本である。なので、大切にして、何度も読み返した……と、言いたいところだが、実は一度読んだだけで終わってしまった。なぜか。以下は、この本自体の見事さとは裏腹のショボい話。

 当時僕は大学の寮に住んでいて、麻雀をやったりただダラダラ夜通し喋っていたり、と昼と夜がひっくり返ったみたいな生活を(僕だけでなく、周りもみんな)していた。で、例によって夕方ごろグウグウみんなで寝ている最中に、泥棒に入られたのである。あとで判明したところ、この泥棒は寮生を装ってこの寮に住み、毎日体系的に部屋から部屋を回って盗難業務に携わっていた。しょせん貧乏学生の集団、大したものはなかっただろうから、それほど実入りのいい「職業」ではなかったのではないかと推測する。

 で、僕の持ち物で、LPレコードは無事だったが(たぶん持ち去るとき目立ちすぎるからだろう)、本とカセットレコーダーをやられた。カセットレコーダーの方が値段は高かったと思うが、心情的に残念だったのはむしろ本、なかでも(ほかはたいてい文庫本だったし)この『ハーメルンの笛吹き男』は悔しかった。悔しまぎれに、笛吹き男とこの泥棒、連れ去られた子供たちと盗まれた品々のあいだに意義深い連関関係を見出そうとしてみたが、もちろん何も見出せなかった。その後、古本屋で『ハーメルンの笛吹き男』を見かけるたびに「この本、僕のじゃないかなあ」と思ったものである。

ところで、『ハーメルンの笛吹き男』から「#ケチって火炎瓶」*4を連想する人っているのだろうか。

どちらも控訴せず

承前*1

篠原修司「ブロガーHagexさん刺殺事件、懲役18年で確定。検察、弁護側ともに控訴せず」https://news.yahoo.co.jp/byline/shinoharashuji/20191205-00153784/ *2


Hagex殺し裁判で、先月20日福岡地方裁判所は「低能先生」に対して懲役18年の判決を下した*3。それに対して、被告側も検察側も控訴せず、判決は確定した。次に娑婆に出てくるのは、未決拘留分1年を差し引いて、17年後。

*1:https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/11/20/232854

*2:Via https://nessko.hatenadiary.jp/entry/2019/12/06/143812

*3:See 篠原修司「ブロガーHagexさん刺殺事件、『低能先生』と呼ばれた男に懲役18年の有罪判決「理不尽で身勝手」 」https://news.yahoo.co.jp/byline/shinoharashuji/20191120-00151672/

そういえば焼酎は?

明治大正史世相篇 下 (講談社学術文庫 11)

明治大正史世相篇 下 (講談社学術文庫 11)

室井康成氏*1、柳田の『明治大正史世相篇』*2を援用して曰く、


室井康成(Muroi Kosei)@KoseiMuroi


柳田国男は、近代日本人のストレスの大部分は、都市への急激な人口集中に起因すると考えていた。そのため孤独に陥った都市民の酒量が上がり、「独酌」という新文化が生まれたが、これも大量生産と流通網の整備、酒の保存と運搬に便利なガラス瓶の開発が後押しした、とする。(『明治大正史世相篇』)
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9:47 PM · Nov 30, 2019·Twitter for Android
https://twitter.com/KoseiMuroi/status/1200773289510989829

西洋中世は麦酒やワインなどの弱いアルコールに浸かっていた社会だったといえる。近代化とともに〈飲酒〉への道徳的・宗教的な問題化が強化される一方で、酩酊に効率性のロジックが導入され、やがてジンなどの効率よく酔っ払える下層向けの蒸留酒(スピリッツ)が普及していった(シヴェルブシュ『楽園・味覚・理性』)。日本でも、「労働者の酒/焼酎は/安くて強い」と歌われたけれど、東京を中心とした東日本で「労働者の酒」としての焼酎が飲まれるようになったのは何時頃からなのだろうか。
楽園・味覚・理性―嗜好品の歴史

楽園・味覚・理性―嗜好品の歴史

削除された「強制」

チョ・ギウォン、キム・ソヨン「日本、軍艦島ユネスコ報告書から「朝鮮人強制労働」全削除」http://japan.hani.co.kr/arti/international/35131.html


「日本政府がユネスコ世界遺産に登録した「明治日本の産業革命遺産*1の2度目の後続措置履行経過報告書にも、朝鮮人強制労働や犠牲者を追悼するための措置が記されていないことが分かった」ということで。


2日(現地時間)にユネスコ世界遺産センターのウェブサイトに公開された「明治日本の産業革命遺産」についての経過報告書の性格を有する『保全状況報告書』を見ても、朝鮮人強制労働被害に対する言及はない。日本政府代表は2015年の世界遺産登録当時の審議で「(端島などの一部の産業施設で)1940年代に朝鮮人などが『自分の意志に反して』動員され、『強制労役』したことがあった。犠牲者を追悼するため、情報センター設置などの措置を取る」と明らかにしている。

 しかし、2017年に提出した保全状況報告書には強制労働などの用語は使用せず、むしろ「朝鮮半島出身者が、日本の産業現場を支えたということを理解できるように展示する」と表現を変えた。これに対しユネスコが昨年7月のバーレーン会議で以前の勧告を想起させつつ、歴史解釈全般において国際モデルを参考にするよう勧告すると、今度は朝鮮人強制労働被害者についての言及そのものを削除してしまった。関連展示施設を訪問した人たちに対して、その施設がどんな価値を持ち、どんな意味が込められているのかを伝える「解釈戦略」については、2017年の報告書で言及したとして言及を回避した。

 日本政府は2017年の保全状況報告書で、端島から980キロ離れた東京に情報センターを設置すると発表し、朝鮮人強制動員被害者問題を回避しようとしていると批判された。今回の報告書では、情報センターを本会計年度内に東京新宿区若松に設置すると発表したが、具体的にどのような内容を展示するのかは公開しなかった。

 ユネスコが当事者間の対話を求めたことに対しては、「関係部署、地方自治体、遺産所有者と管理者、日本内外の専門家、地域社会などの広範囲な当事者と定期的な対話を進めている」と答えるにとどまった。当事国である韓国政府との対話の努力に対する言及はない。これにより、「明治日本の産業革命遺産」は朝鮮人強制労働被害者の歴史は消されたまま、日本の産業革命成功の歴史を誇示する場としてのみ宣伝されるものとみられる。

ところで、「産業遺産国民会議」という団体*2が「明治日本の産業革命遺産」に関する調査を請け負っているというけど、サイトを見るかぎりではかなりやばい領域に足を突っ込んでいるようだ。

実存的不定愁訴

「「生きづらさ」ってどういうことをいうの?(静岡市、中3)」(てつがくカフェ)『毎日小学生新聞』2019年10月31日

「生きづらさ」*1とは何か。
神戸和佳子(「ゴードさん」)曰く、


(前略)もっとスルッとスムーズに人生をやっていけそうなのに、なんだかたくさんの引っかかりがあって、生きていくのが難しいと感じることだ。
引っかかりには、いろいろある。お金がない、体が弱い、人付き合いが難しい、あるいは、はっきりとはわからないんだけどなんだかうまくいかないってこともある。しかもそれは解決するのが難しい。例えば、お金がないと収入を上げるために勉強することもできないし、人付き合いが難しいと、他の人に助けを求めるのも難しい。
さらに、そういう生きつらさはなかなか他人には理解されない。「誰だって生きるのは大変なんだよ」なんて言われてしまって、ますます孤独で苦しくなる。
村瀬智之(「ムラセさん」)曰く、

(前略)「自分のせいだ」とか、嫌なことがずっと続くと思ってしまう。でも、本当はそんなことはない。それは、「生きづらさ」という苦しみは、うまく開かないタンスの引き出しみたいに、他の人や他のものとの間で起こっているからだ。
タンスの場合、本体にも引き出しにも何の問題もないけど、引き出しにくいときがある。ちょっとかみあわせが悪い。生きづらさも同じで、生きづらいと感じている人と、まわりの人や状況が「かみあっていない」。その人や、まわりの人に問題があって、それを解決した方がいいときもあるかもしれない。だけど、ほとんどはタンスと同じで、両方に何の問題がなくても起こる。それが「生きづらさ」だ。
松川絵里(「マツカワさん」)*2曰く、

(前略)「見えづらさ」や「聞こえづらさ」「歩きづらさ」だったら、理解できる。でも「生きづらさ」って聞いても、生きることの何がつらいのかよくわからない。けどね、もしかしたら、それこそが「生きづらさ」の特徴なのかもしれない。つまり、「生きづらさ」という言葉は、困難の正体がよくわからないときに使われているんじゃないかな。
ところで、私たちはなにか困難が生じたとき、その原因を探れば解決法もわかるだろうと考えがちだ。でも、困難の正体すらわからない場合には、問題を解決するというやり方は使えない。じゃあ、どうするか?
あれこれ試行錯誤しながら、しっくりくるやり方を探るしかない。(後略)
要するに、不定愁訴

西崎憲on パク・ミンギュ

西崎憲「ミンギュ氏、ダブルアルバムをリリースする」『ちくま』(筑摩書房)585、pp.4-5、2019


韓国の作家パク・ミンギュについて。


パク・ミンギュがどんな作家であるかを説明するのはすこし難しい。なぜなら似た作家はあまりいないからである。ただテイストの面では一九七〇年代のアメリカの小説に通じるところがある。作者のその時代への執着は、作中で言及される音楽からも明らかであるし、そもそもタイトルの「ダブル」というのは「レコード」があった時代、なかでもダブルアルバムという形式が流行した六〇年代末期~七〇年代前半へのノスタルジーからの命名である*1。そしてその時代への執着はSFに分類される収録作からも見てとれる。それらはフィリップ・K・ディック*2カート・ヴォネガット*3ハーラン・エリスン*4に通じる味わいを持っているし、ユーモアの質もリチャード・ブローティガン*5などを連想させる。(p.4)
これは私に読め! といっているようなものではないか。

*1:『短篇集ダブル サイドA』、『短篇集ダブル サイドB』

*2:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20100217/1266377623 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20100501/1272697153 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20101125/1290660610 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20141029/1414509173 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20160111/1452482089 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180124/1516771434 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/05/20/084743

*3:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20060913/1158115201 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070413/1176447434 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070415/1176609189 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070525/1180118657 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070620/1182316186 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20080104/1199468688 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20080826/1219715105 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20100217/1266377623 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20100320/1269098073 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110219/1298093110 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150228/1425149843 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20160513/1463065904 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/09/03/092527 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/10/12/013350

*4:See eg. Steve Holland "Harlan Ellison obituary" https://www.theguardian.com/books/2018/jun/29/harlan-ellison-obituary Mark Dawidziak "Harlan Ellison, fiery and brilliant writer from Cleveland, dead at 84" https://www.cleveland.com/tv-blog/2018/06/harlan_ellison_fiery_and_brilliant_writer_from_cleveland_dead_at_84.html https://en.wikipedia.org/wiki/Harlan_Ellison https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%B3

*5:http://www.brautigan.net/ See eg. Poetry Foundtion “Richard Brautigan 1935–1984https://www.poetryfoundation.org/poets/richard-brautigan https://en.wikipedia.org/wiki/Richard_Brautigan https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AC%E3%83%B3 Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170426/1493219925

火野葦平の甥

中村哲*1は作家・火野葦平の甥だったのね。
日本文学振興会のツィート;


原田浩司氏曰く*2

ところで、「中村哲」という人は多分かなり存在して、有名人ということでも、この中村哲医師のほかに、法政大学総長を務めたこともある柳田國男研究家として知られる政治学者やプリズムに在籍していたサクソフォン奏者などがいる(但し、「哲」の念み方は様々)。